今回は若きフォトジャーナリストとして大活躍中の安田菜津紀さんの登場です。

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「この場所は今頃、どうなっているのだろう…」 写真を1枚1枚見返すたびに、そんなことを考えずにはいられません。戦火に巻き込まれてしまったシリア。この国で今起きていることを想わない日はありません。

紛争地、危ない場所、そんなイメージばかりが色濃くなってしまったシリアですが、まだ平穏を保っていた2010年まで、私はこの国に通っていました。そこには今まで足を運んだどんな場所よりも美しい風景が広がっていました。首都ダマスカスを一望できるカシオン山では、夕方オレンジ色の光が眼下に広がる土壁の家々を照らし、夜は宝石箱をひっくり返したような夜景に変わります。シルクロードの起点の一つでもあったため、今でも古い市場が昔の姿で残り、旧市街自体が世界遺産に登録されていました。世界最古のモスクと呼ばれているウマイヤド・モスクは、その市場を行きかう人々の心のより所となっていたのです。


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何より人々は温かく、客人をとことんもてなすための時間も労力も惜しまない人々に囲まれて時間を過ごしました。風邪をひいて鼻水をすすりながら歩いていたとき、道端でさっとティッシュをくれた青年、「細かいお札がないんです」と言うと、「いいよ、水1本くらい持っていきな。シリアへようこそ!」と笑顔で手をふってくれた売店のおじさん、「君が来たらずっと見せたかったんだ」とカシオン山から街を見下ろした家族たち。目を閉じても、あのとき出会った一人一人の顔が浮かびます。


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どうしてもニュースは、物事を数値化します。傷ついた人の人数、街の名前が、紙面に機械的に並びます。けれども今自分の手元にある写真の中には、そこに生きる人々一人一人の息遣いが写し込まれ、誰かとの思い出が宿る場所が活き活きと残っています。


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私が撮り歩いていた場所は、もう当時のその姿をとどめていないかもしれません。二度と元の姿に戻ることはないかもしれません。あるいは戦火を逃れ、当時のままの様相を守り抜いているかもしれません。失われてから、あるいは危機にさらされてから、初めて気づく1枚の重み。

いつかあの地で、共に時間を過ごした人々とまた出会えたとき、思い出がいっぱいに詰まった写真を手渡そう。写真を一度、また一度と見返しながら、今は再会の日を待ち続けているのです。