今回は文学の故郷や世界の辺境を撮り続けるフォトグラファー・小松健一さんの登場です。

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作品(1)写真展「上州故里」中之条・伊参

十数年ぶりに、ある文芸出版社の編集者から突然電話があった。太宰治が再来年、生誕百年になるので企画の相談に乗って欲しい、とのこと。そういえば、この夏もある雑誌から、詩人の中原中也の生誕百年にちなんで原稿依頼を受けたばかりであった。

10月初旬になって京都へ旅したついでに、前から気になっていた場所を訪れてみた。それは中原中也が17歳で3歳上の女優・長谷川泰子と同棲し、詩人・富永太郎らと親交を結んだ、京都市上京区の下宿である。河原町今出川と寺町の間を十間ばかり下った所に、木造の小さな二階家があった。近所の老人や、建築事務所の人が大きな地図まで広げて調べてくれ、その建物はようやく特定できた。関西 風に欄杆を張った東側の二階の部屋には二尺角の掃き出し窓を一つ持っており、中也が記していた下宿の面影をとどめていた。その佇まいの中で、私は中也や 泰子の楽しそうな声を聴き、その時代の空気を感じたような気がした。

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作品(2)写真展「上州故里」中之条・上沢渡

中原中也と太宰治が生まれた20世紀初頭(1901~1910)にかけて、日本の文学界は、その後の昭和の文壇を彩った多数の作家を輩出している。梶井基次郎、小林秀雄、山本周五郎、坂口安吾など枚挙にいとまがない。若いころ彼らは同時代の仲間たちと芸術、政治、社会、恋愛、そして人生について、喧々諤々、ときには酒を飲み喧嘩もしながら語り明かし、深い友情や新しい表現などを育んでいったのだろう。かつて日本写真界草創期の先輩写真家たちも同様に、毎日毎晩、安酒を飲みながら写真について語り明かし、詩人、画家、小説家、役者、彫刻家、音楽家、デザイナー…あらゆるジャンルの若い芸術家たちと親交を深めていた。

ひるがえって、現在の私たち写真家はどうだろう。小さな写真業界の中で満足してはいないだろうか。口角泡を飛ばして写真表現や将来の夢について語る若い写真家たちと会わなくなって久しい。ネットワーク社会の中では、編集者と会って話している時間は無駄だと いうが、本当にそうだろうか。私たちをとりまく環境がデジタル化で便利になっていく一方で、写真表現にとって一番大切なハートの 部分がどこかに置き忘れられてしまいつつあるようで、寂しい限りだ。

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作品(3)写真展「上州故里」東吾妻・川戸

この12月1日から9日まで、中型カメラで撮りおろした写真展を開催した。それも私を育ててくれたふるさと上州をモチーフにして。本格的に上州の風土にカメラを向けたのはこれが初めてである。37年前、大都会の暮らしに心身ともに疲れ果て、上京してから初めて故郷へ向かう列車に飛び乗った私は、まだ十代だった。その折に詠んだ拙い歌……。

北へ向かふ車窓に赤城山広がれば
母の故郷(くに)なり深く呼吸(いき)する   健一

この歌が今回の展覧会のテーマとなっている。ヒマラヤ、アンデス、ニューギニア、シベリア、ボルネオ、チベット、ポリネシア…ずいぶんと遠回りをした感があるが、心のふるさとの山河と、そこに生きている人々に感謝の祈りを込めながら、静かにシャッターを切った。そのカメラに一番ふさわしいと選んだのが、実はブロニカRF645だったのである。